つきよのだんごむし

一応軽度の「双極性障害」でどうやらHSPでアイドルを心の糧に社会人やってるだんごむし

過不足ない言葉

言葉は、私の口から転がり出ると、どうしてあんなにも軽薄になるのだろうか。

伝えたいのはこうじゃない、もっと考えていることがあって、それにはたくさんの段階があったわけだからそれも全部説明しないと伝えたいこの結論だとか提案だとかそれには辿り着けない、説明させてくれ、こうじゃないんだ、これで終わりじゃないんだ。

頭の中でたくさんの言い訳を並べて、それでも伝えたいことを伝えることよりも「話が長ったらしくてよくわからないやつ」と思われることへの恐れの方が勝つ、だから、伝えられなかった、もしくは、伝えられなかったかもしれない、という不安と不満足は誰かと話をするたびに積もっていく。いずれにしても、会話の中では何かを諦めなければいけないのだ、というそれも諦め。私の中で一番、自分の考えや思いを丁寧に、細かく、満足いくまで伝えられる友人との楽しく充実したおしゃべり、の後でも、あの時はああ言ったけど考えてみれば私の考えはそうじゃなかった、なんて後悔は常について回るもので、だから、人に言葉で思いを伝える行為に100点を与えることは、この先にもできないのかもしれない。これも諦め。嗚呼、思う存分伝えたい。自らの思いの丈を、感じたものを、見た景色を、余すところなく、一グラムの不足もなく、伝えてみたい。そうしたら、そうしたら、その先にはなにがあるのだろう。

気象病

ひとの生活というものは絶えず波立つ海の上にあるようなものだな、とつくづく思ったこの一週間ほど、体調不良からなかなか食欲が戻らず火曜の夜にはついに眠れず水曜日ぐったりと休憩で寝ていたところへ地震、飛び起きた所為で頭痛で頭の左半分がぐわぐわと痛み、ぐったりと寝ていたところを同僚に見られていたがためにえらく心配されたことでさらに吐き気、だるさがプラスプラスされていき上の人の早退令により早退して病院に行ったらわかんないなあ疲れじゃない?と言われて処方された頭痛薬をその場で飲んで帰宅。たらふく眠って翌日もやんわりした頭痛を抱えながらでもぜんぜん働けましたですけどあれは一体なんだったんだというもやもやのままワイドショーの一コーナーで見かけた「気象病」に目を留める。台風などの気圧の急激な変化で体調不良を起こすんだと。こんな人は要注意!の項目がほぼほぼ当てはまったので私はこれだ、気象病なのだ、と結論づければなんだかスッキリ。メンタルとフィジカルが直結していることは随分前から自覚しております、そういう体質です。それで、まあ、でも、なんだかんだで大分と回復をしました。日曜には随分と久しぶりに姉とご飯に出かけました。一番盛り上がったのは子どもの頃熱中していた謎ゲームたちでした。今までの学校、職場、趣味の繋がりの上でも同じゲームで遊んでいた人に出会ったことのないニッチなゲームだけれど私たちはこんなに時間を費やしているのだろうと当時から思っていましたけれどだからこそ懐かしさはさらに倍。一緒に買い物なんかして回ったりして。体の疲れは積もっていた分がたくさんあったのだけれど心持ち的にはとてもいい一日になりました。というそんな風な一週間でした文章にするまでもないけれど吐いておこうという意気込みでこのブログはやっていこうと思っています。

ただただしあわせ

赤いものを目いっぱいに吸い込んだ生理用品はさほど吸わないで捨てられるそれとどちらが幸せなんだろう、という思考自体有用である、とは言い難いけれど有用でないもののほうが多くを占めている世界であり生活であるからそれはまあいいとする。幸せも損得勘定のひとつに含まれるんだろうか。どちらかといえば逆であってほしい。幸せの中の、損得勘定というジャンル。私とあの子とどちらが幸せなんだろう。人と比べても意味はないさ、と歌う歌、誰も周りを見ないで生きれば社会なんてもの成り立たないだろう。視界に見えるのはいつでも自分でない他人で、鏡に映る自分さえ自分だ、とは断言できないし。「幸せ」という概念に嵌めこんでしまわなければどれだけだって幸せは感じられる、し、感じたからといってどうこうする必要はないし。ただただそれは快い感覚であればそれでよいのだ。そんな決めつけもないない、必要ない。

素敵なお買い物

無理はできないけれど出歩くことはできるぞ、というだけ回復したので朝から素敵なお買い物に行ってきました。大規模なイベントのため入場も列に並んで待機です、そういえば、前回来た時にも並んだのだけれど、雨が降るよなんて言った天気予報はぎらぎらとした太陽から逃げ出して、日傘で遮って何とか立って居られる強い光線。ただ立って居るだけなのに、首に、背中に、汗が滴っていく。一番汗をかいたのはお尻でなんどもつう、と太腿に流れ落ちる感覚にこれは汗であっていますか、とひやりとした。こうもたらたらと汗が落ちるのはあの時と一緒、地元で初めて行った岩盤浴と一緒。石の上に横たわって少し目を閉じたうちに、汗がぷつり、ぷつりと沸いては流れ落ちていく。起き上がってみれば石の上にくっきりと濡れた人型が黒く在ったそんな記憶が呼び起こされる炎天下での待機でした。

30分ほど待って動き出した列に運ばれて会場に入る、憧れているあの人その人のいる場所を探して、挨拶をして、少し話をして、今日は震えないで話しかけることができて少し進歩が見られた私。もっとこう、周りの様子を敏感に察知しながらもスマートにおしゃべりができたらなあ、と思うけれどできないんだろうなあ、と諦めてしまっている。しかし満足の買い物をして、いったん会場を離れたら足ががくがくとしていて、人の少ないスペースに思わずへたりこんでしまった。呼吸は荒くなって、自分が体調不良であるという意識もかぶさっているからよけいにだけれど、後悔しないようにもう一度だけ会場をぐるりとしてから離れた。

帰りの電車で目を閉じて体力回復を図り、部屋に辿り着くとやっぱりちょっと無理したかな、というヘロヘロ加減。腹は減るけど相変わらず食欲はわかず、でも食べよう、といつものように食事を作って食べる。こうなる前には食べたくてたまらないから絶対に食べよう、と思っていたスナック菓子も食べてみるけど、なんだ、どうした、美味しいけど、食べたいと思えない。それでも胃に詰め込んで、夕飯も通常時と同じようなメニュー。テレビに映るおいしそうな料理、いつもならああああおいしそう、食べたいなあと指をくわえる食欲の権化が、食べたいと一向に思えなくって、やや、これは結構な症状だな、と気付くのだった。昨晩生理がやってきて、生理前に採血をしたのが原因かなあ、と思うけどどうかね。そんななるほど抜かねえか。病院に行った方がいい、との友からの助言、明日も食欲がわかなかったら行ってみます。ああ、でも、病院。ああ。怖いなあ。でも私には今日の素敵なお買い物で購入した素敵なものたちが待っているので、それをいろいろの勇気とやる気にしようと思います。さて。

9月3日、体調不良の記録

さて、今日も日記を記すぞ、とパソコンに向かったのが金曜の夜、0時を回るか回らないかの頃。その日は朝7時から働いて、昼からは健康診断、大きなクリニックで体のあちこちを検査してもらってからハンバーグを食べ、少し歩いてから水族館へ赴き、その後は仕事の買い物をちょっとしてからここ最近のおでかけの定番となっているネットカフェへ足を伸ばしてしこたま漫画を読み、電車とバスに揺られて部屋に着いたのが23時頃。健康診断はまるで何か機械の部品になってベルトコンベアーに運ばれているような心持ちだっただとか、水族館でまた新しい生物へのときめきを発見して心が躍っただとか、書きたいことがいろいろあるなあ、と思いながら軽い夕飯とシャワーを済ませてさて、と思ったのもつかの間うとうととして、テーブルにつっぷして十数分。足が多いに痺れてしまってこらたまらん、と思いながら後ろにひっくりかえって痺れを解消している間に意識が飛んで目覚めたら夜更けと早朝の境目だった。頭は濡れ服も着ず扇風機に煽られていたことや、お酒を飲んでDVDを見るという週末の楽しみローテーションを逃したことを悔いながら髪を乾かして布団に入ったのが午前5時。次に目覚めたのは午前8時頃、テレビに出ている人と一緒に短いPR映像に出演するぞ、という収録中の夢を見ている最中、頭でなく体に起こされたのだった。

 

お腹が痛い。のろのろと布団を這い出して立ち上がる。でもいつもの腹痛と違うから、これは生理が来たのではないか。のろのろと便座に腰掛ける。昨晩遅くに軽くうどんだけ食べたものの、お腹は鳴るほど空いていて、また眠気はまだまだ醒める様子もなくて、だから余計と痛みが増すのだと思った。出してしまえば楽になるのだけれど、一向に出る気配はなく、しかし痛みは下腹部をぐるぐる回ってじくじくと体と頭を攻撃する。くらくらと頭が回り、吐き気が込み上げてきたあたりでこれはおかしいな、と思う。生理痛だと思ったけれど赤いものはこちらもまた一向に出てくる気配がない。痛い、痛い、うう、ああ、と言葉と言葉以外を呻き放ちながら腹を擦り、しかし体を支える力がどんどん抜けていく。支えきれない頭を壁に付けたり背中を便器の蓋にもたれかけたり、するんだけどするほどに吐き気が増幅、手足もじんじんと痺れ始めた。頭の中で何か大きなゆっくりとした竜巻がぐわんぐわんと回って私の体ごと巻き上げて行くようで、それでも何とかかんとか排出をして、トイレットペーパーへ伸ばす手もうまく動かずの状態、必死に紙を巻き付ける。今このまま倒れてしまえば今日はお休みで誰と会う予定もなくて月曜日に私が出勤してこないぞと職場から連絡が来るまでは何もかも発覚しないし第一ぐちゃぐちゃのこの状態を誰かに見られることなぞ考えただけで吐き気がする、というか実際吐きそうなんだけど、と早口の誰かが頭の中でしゃべっていた。意識が朦朧とする、という表現を、今ばかりは当てはめても良いだろう、と許可を出し、そんな場合ではない吐き気に今度は上からの排出のスタンバイに着くがこちらは何も出ず、これは何だろう何だろう考えられるのは何だろう、暑さ、水分、とにかく水分を摂らねばならないと、やっとのことで立ち上がり廊下に出る。手足が震え、支えがないと歩けない。水をがぶがぶと3杯ほど飲む。腹痛、吐き気、痺れ、眩暈、いずれもまだ緩和もされず常に四方から体に襲い掛かってきていて、その隙を見計らって鎮痛剤を喉に流した。これでひとまずなんとかなるだろう、なんとかなっておくれ、と祈りながらまたトイレに向かい、また排出をし、痛い、痛い、ああ、うう、と呻き放ちながら深呼吸をしてみたらすう、と気が楽になった気がして、焦らないように焦らないようにと自分に言い聞かせながらゆっくりと深呼吸を繰り返す。そうしているうちに眩暈と吐き気は随分とおさまってきて、腹痛にもひと段落がついたので廊下をずり、ずりと歩きまた水をがぶがぶと飲んで布団に倒れ込む。横になっていると薬が体中に行き渡るようなイメージがして、ようしそのまま、鎮まりたまえ、鎮まりたまえ…と頭で唱えて大きな呼吸を続けていくうちに突発的な症状は沈静化して、その代わり起き上がる力がなくなった。これはしょうがない、とひとり生き残った眠気に飲み込まれるがまま瞼を下ろした。

 

眠れはしなかった、ただ目を開けたり閉じたり、体を横にしたり仰向けにしたり、テレビを付けたり消したり。この症状は一体なんなのか、調べようにも体を起こしてパソコンまで辿り着けないので諦めて横たわったまま日常と昨日との間違い探しをしていた。健康診断。これが一番、違うこと。採血の時、これまで採血で気分が悪くなったことは?と聞かれた。ありません、と答えて左肘の内側の青い血管からゴクゴク流れ出ていく血を凝視していた、随分前に献血をした時には自分の血はこんなにも赤黒い赤なのか、と衝撃を受けたが、この日の血液は想像していたより随分赤に近く、また針を刺しただけでこんなにも勢いよく体外へ飛び出して行くものなのか、血は、となにやらざわめいた気持ちになった。あるいは、婦人科健診。緊張と自尊心に揺れながら検査をされ、ながら痛みを感じていないようにふるまうのは以前の婦人科健診で自尊心を大いに傷つけられたため。中と外から腹部を強く押された時には思わず痛い、と叫びそうになったけれど押し黙った末、今回は何も言われなかったからこれは勝ちである、と勝ち負けのつかないフィールドにそれを持ちだして意味もなくかざしてみたり。しかしその後トイレにて少しの出血を見つけてとてもショックを受けた。あるいは服を着ないで濡れた頭で何時間も扇風機の風邪を浴びていたこと。しかし風邪の症状はこれといってなく、むしろ金曜の昼までこほん、こほんと僅かにくすぶっていた風邪の前兆のような咳は収まっていた。それでは、昨日食べた物というのはどうだっただろうか。朝にはご飯と豆腐。昼過ぎにファミレスのハンバーグセット。食べ放題のスープを一杯。夜にはネットカフェのソフトクリームをたくさんと、いろんな種類のスープとジュースをせわしなく飲み続けた。そして部屋に戻ってからのいなりうどん。当たりそうなものはどこにもないけれど、いつもと違うのはファミレスくらい。ネットカフェは良くそんな風にして利用していたから違うんでないか、でも体調によっては何かが起こるのだろうか。いつもと違う部分はあるけれど、これ、というほどの心当たりはなかった。

 

窓からの光がとっくに世界は朝であるよ、と教えてくれるそれを無視し続けて文字通りゴロゴロと過ごして時計を見遣れば13時。体を起こしてみると、まだ眩暈と手足の痺れは残るものの他の症状は随分と良くなり、立ち上がることもできたのだった。腹が減っている。胃は可哀想なくらいきゅうきゅうと音を立てて訴えているのだけれど、どうにもこうにも、食べる気が起きない。例えば風邪を引いたりしても食欲がなくなるなんてことはこれまで生きてきた時間の中でほんの1、2回しか記憶していないというほどに食欲に貪欲な私なので食欲がなくなるなんてことがこれは只事ではない、と自分に警告するのであって、それでも腹が減って苦しい、と、思いついたのは冷凍庫に残っていた棒状のバニラアイスで、箱入り8本パックのそれは空腹を満たすにはとても足りないボリューム感だったけれど何かを食べることができた、という安心感を与えてくれた。おかげでもう少し食べてみよう、とお茶漬けを食すこともできた。いつかどこかでもこんな、もうどうしようもない状態に陥ったことがあった、と思い当たった記憶は中学生のころ。確か家で過ごしていて、腹痛、吐き気、眩暈、そう、同じだった。歩けずにトイレへ這って向かって、便器に縋るように内容物を吐き出した。トイレの前で力尽きて転がっている私を母が見つけて叔母が車を出して病院へ連れて行ってくれた。カーテンで仕切られた、病室ではない簡易個室のようなところのベッドに寝かされて、確かカーテンはくすんだピンク色、シーツと枕は真っ白で、看護師さんの制服も真っ白。お医者さんから何やらいろいろ、聞かれた、妊娠してるかまっさきに聞かれて即答をして、腕に針を刺されたあの時痛みは感じなかったような気がするけれど、そうやって点滴を打たれて、しばらくすると姉や母が傍らに現れた気がする。何時間かそうした後に起き上がってお医者さんの話を聞いたけれど、どうにも「原因がわかりませんねえ」と首をひねっただけで、対策もお薬も何もないままに家へと送り帰されたのがその時の記憶のすべて。実際その後同じような状態になったことは一度もなかったのだった、金曜日まで。あの時だ、あれと同じだ。そう思って母にメールをする。母も一緒に話を聞いていたから、私の記憶から抜けている医者の言葉を覚えているかもしれないと、しかし母からの返信は私の記憶にない私の体調不良の記憶であって、自分で健康なつもりでいたけれどそういえば怪我や体調不良で幾度となく迷惑を掛けていた娘であったことを思い知るのであった。その電話でやりとりをして思い出した母もやはり、原因はわからないと言われた、だから今回の原因もわかるわけはなく、とりあえず様子を見ながら安静にするよ、と電話を切った。

 

トイレへ行き、寝て、起きて、水分を摂って、を繰り返すと夕方にはまた一段階回復をしたように思えたので、洗濯と軽く掃除をする。それもクリアした、から今度は顔を洗って着替えて外へ出る。近所へ買い物に行くくらいはできそうだ、と、買い物メモを見ながらあちこちへ回る。買い物に出ると買う予定のもの以外がやけに目に入ってあっちこっち寄り道をして予定時間の倍はかかる、というのが恒例で、今日は抑えめにしよう、と思いつつやっぱりあっちこっちへ「お得」な出会いを求めて歩き回る。と、途中店内のお菓子コーナーの傍で一瞬バランスを崩しそうになって、眩暈の欠片はまだまだ体から抜けておらず、やはり今日は退散だ、とバスに揺られて帰る。横になって録画した番組の編集をしていても、仰向けになって活字を追っていても、いつの間にか眠りに落ちているのでこれはまたしょうがないな、と諦めて眠り、起き、水分を摂り。買ってきたゼリーでカロリーが摂れます飲料を流し込むけど空腹はあまり満たされなかった。食欲は相変わらず無く、しかしどうにかガツンとした質量のモノを胃に送り込まなければならぬ、という使命感で米を炊いて、レトルトのハヤシライスをかけて食べた。野菜とお湯とコンソメで作ったスープも少し飲んだ。途中で吐き出すこともなく食べきれたので少し安心する。母からは水分、塩分、タンパク質、とメールが送られてくる。タンパク質、と思ってチーズを齧るけれど私はチーズに何が含まれているのかよくわかっていない。とりあえずチーズってなんか体にいいもんだ、と思って食べればそのようになって、今度は食べても空腹が紛れないために、甘いものを食べれば塩辛いもの、塩辛いものを食べれば甘いもの、と、バランスの取れないシーソーのようにごく少量ずついろんなものを口に入れるが、やっぱりそれじゃいけない気がして歯磨きで強制的に中断をした。

 

体はずっとだるくて、力はあまり入らないけど痺れはほとんどなくなっていたのでまた夜中まで起きていた。深夜を超えて丑三つ時に近づいて、慢性的な空腹がまたきゅうきゅうと鳴きはじめ、昨日空腹のまま寝たからあんなことになったのかもしれない。いや、夜遅くにうどんを入れてすぐに寝たからあんなことになったのかもしれない。さあ、どっちだ、とセルフのクイズタイムに突入、答え、わからないけどそうめんを茹でて半玉だけにゅうめんにして食べると程よく胃も満足をしてくれたのでほっとした。そうして、今夜はちゃんと服を着て、髪も乾かして、と布団に入ったのが午前4時前のこと。明日は正常な具合で起きられるだろうか、という不安を抱えながらも眠りについた、9月3日の丸々一日の体調不良の記録。

些細事

関東で一人暮らしを始めて以来、水道水を飲まずに買った水を飲んでいるのは母の教えだ。都会の水は危ないから飲まない方がいいよ、飲むなら煮沸しなさい、と言われて煮沸、煮沸は相当に面倒だ、と思って2リットルの水を都度買ってきては飲んでいるのだけれど、週に1、2回重い水を抱えて帰るのと、沸かした水を冷ますのと、どっちの方が手間がかかっているのかなあ。確かに水道水はなんだかまずい、気がする。一回口に含んだだけだから気がするだけ。飲んでない。飲んでないからセーフ。母の教えを守っている。その事実が何より大事なんでした。母の教えを守っているから、距離としては離れている家族と繋がっているような気になれる。携帯の会社を変えずにいるから、繋がっているような気になれる。帰省した時に持たせてくれた鉄分サプリを一粒飲まずに残してあるから、繋がっているような気になれる。送ってくれた荷物の段ボールをとってあるから、地元で買った靴をこちらでは捨てずにいるから、何か些細なことを、バラバラになるきっかけとして恐れるなんてそんな脆いもんだろうか、とも思うけど怖がりな私は些細なことこそ重たく感じてしまうんでした。きっと私以外の家族は気にも留めていないであろう些細事、私だけが気にしていればいいこと。

満たされ感

夕飯を食べ終え明日のお弁当も作った、お風呂に入る前にうとうとするのが恒例、ここで床に横たわってしまえば10分15分で体を起こすことは不可能で、下手すると夜明け前にそっと目が覚めるような事態に陥るし、それを防ごうと机に突っ伏して目を閉じれば手の痺れ若しくは足の痺れで強制的に起き上がるのはもはや休めているのかいないのか。今夜はもうこれはどうしても横になりたい、と思ったのでまさに横、テレビに向かって水平に横たわる。アラームを15分後から1時間後まで15分刻みにセットし、タオルケットを腹にかけて無人島からの脱出を試みる旨の番組を見る。CMに入れば瞼をおろし、面白そうな音声が聞こえれば目を開けたり、開けなかったり。眠りそうなのに画面に見入っていたり、見ていたつもりがいつの間にか眠っていたり。そんなぼんやりした時間を1時間繰り返した、これがまことに心地よい時間。体を休めてるわ、私。という自覚をひしひしと感じることができ、イコールそれは満たされた感、となりました。1時間、ぽやぽやと時間を過ごして、ようしこれでもりもり動けるぞ!と思ったのは一瞬だけでそのまま睡眠仕様に染まった重い体をよっこいしょと起こしのっそりと寝る準備に向かうこととなったのはまあなんでしょう本末転倒、だけど満たされた感があるから今日はそれでOKです、ということにします。