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未来計画

近所の家の呼び鈴が鳴る音を一回、二回、三回と数える夕方。今日は夕方に帰ってこられたのでとても気分がいい。一日中眠たくはあったけれど、眠気によって色々をしょうがない、と諦められたがために今日の私はとてもいいひとだった、と思われる。

2、3日のスケジュールをぎっちりと考えるのは得意だ。得意だというより、おでかけなどはぎっちりと予定を立て交通その他の情報もメモをしてから出かけないと不安でしょうがないためにぎっちりと考えるのだけれど。一方、長期計画、とか、未来の展望、とか、将来設計、とか、そういうものを考えるのはすごく苦手だ。苦手だし、自分にはその能力がないなあ、と気付いたのは小学校の夏休みのしおりの最初のページの夏休みのカレンダーに宿題計画を書きこむ、あの時だった確か。そんな先のこと考えられないよ!とお手上げだったし、なんとか書きこんでみた宿題計画がその通り全うされたことは覚えている限り一度もなかった。未来像が描けないタイプの脳なんだろうなあ、と判断したのは大学生の時。周りが就職活動やら結婚願望やらもりもりと悩み語り合う中で私は1年後の自分すら想像ができないなあ、と思っていたし1年後の自分を今の自分が縛るのは嫌だなあ、と思っていた。仕事に就くことは自分を縛ることだと漠然と思っていたから、どこかの会社に入る自分が想像できなくって、大学を卒業してから実家の洋菓子店を手伝ったりしてみたのだった。ふらふらと漂いながら一歩ずつで進む先を決め(たり決めなかったりし)ている私にとって、未来の想像はとても困難なことである。だから、何歳までに結婚して、何歳までに子供を産んで…というビジョンを描けている友人に感心したし、就職や結婚という道に踏み出す友人たちをすごいなあ、なんて傍目で眺めていた。ああ、しかし、第二次結婚ラッシュが訪れている今28の歳になってすら、来年の自分の想像ができないから、また一日ずつ咀嚼して生きていくしかないのだけれど。