蝉とタスク

割れた蝉、潰れた蝉、バラバラになった蝉をよくお見かけする今日この頃。蝉は死ぬ前に自分の死後のことを考えたりするのだろうかと思ったけど蝉の脳がどういう種類のものかよくわからないし蝉に脳はあるのかな?死んだ後のことはどうでもいいと思うのは死を遠く感じているからだろうけど自分の周りの人たちが幸せに暮らせたらいいなあということをほんわりと思うくらいのリアリティです今の私にとって。時折色濃く感じる、感じている時しか感じられないそれを日常に反映するのは困難だなあと思う。

週末にどこへ出かけようか、と考えながら今日の「自分の時間」を過ごすことを時に時間の浪費だな!と思う。それは現実逃避、タスクからの逃走で、でもそれがあるから現実をやっていけるんだよ~と言いながらやっていくべき現実の部分は積もって積もって底が見えない。掻き分けてとっつきやすいものから消化しているつもりで実は散らかしているだけだったりして、振り向いたらそこここに終わりました、と印を押して投げ捨てたあれやこれやが転がっていたりして。