つきよのだんごむし

一応軽度の「双極性障害」でどうやらHSPでアイドルを心の糧に社会人やってるだんごむし

飲酒催眠法

人とお酒を飲むのは楽しいなあ、と思った夜だった。

週末の夜テレビやDVDを見ながら度数3パーセントの缶チューハイをちびりちびり、2時間かかってふわふわと愉快な気分になるのが常、の私のアルコール事情なのだけれど、研修で長旅を共にしたメンバーと3か月ぶりに集まるということで大いに飲んだ夜だった。乾杯までは緊張してにこにこと相槌を打つことに徹していた私、一杯目を飲み切るころにはゲラゲラと笑いながらチャンスを見ては全員でのおしゃべりに言葉を挟もうとするおしゃべり大好き野郎に変身する。特別酔いやすいわけでもなく、この場合私に大切なのは「お酒を飲んでいる」という事実を認識することで自己催眠をかけ「酔っていて陽気な私」になるための条件を揃えることなのだ。そうするともう私のメンタルはとっても強くなるし、頭の中では繊細な空気の読み取り作業を行っているくせそんな自分を覆い隠すように行動と発言は大胆になる。その状態が、普段より自分を自分の好きなように演出することが許される状態がとても楽しい。いや、いや、いろんな方としゃべってふざけて手を叩いて笑うのが楽しいのだ。危ない、今はお酒を飲んでいないんだからそうやって空気を読みつつ空気を読まないふりをして自分を演出しようとしていることをバラしてはいけない、いけない。

未来計画

近所の家の呼び鈴が鳴る音を一回、二回、三回と数える夕方。今日は夕方に帰ってこられたのでとても気分がいい。一日中眠たくはあったけれど、眠気によって色々をしょうがない、と諦められたがために今日の私はとてもいいひとだった、と思われる。

2、3日のスケジュールをぎっちりと考えるのは得意だ。得意だというより、おでかけなどはぎっちりと予定を立て交通その他の情報もメモをしてから出かけないと不安でしょうがないためにぎっちりと考えるのだけれど。一方、長期計画、とか、未来の展望、とか、将来設計、とか、そういうものを考えるのはすごく苦手だ。苦手だし、自分にはその能力がないなあ、と気付いたのは小学校の夏休みのしおりの最初のページの夏休みのカレンダーに宿題計画を書きこむ、あの時だった確か。そんな先のこと考えられないよ!とお手上げだったし、なんとか書きこんでみた宿題計画がその通り全うされたことは覚えている限り一度もなかった。未来像が描けないタイプの脳なんだろうなあ、と判断したのは大学生の時。周りが就職活動やら結婚願望やらもりもりと悩み語り合う中で私は1年後の自分すら想像ができないなあ、と思っていたし1年後の自分を今の自分が縛るのは嫌だなあ、と思っていた。仕事に就くことは自分を縛ることだと漠然と思っていたから、どこかの会社に入る自分が想像できなくって、大学を卒業してから実家の洋菓子店を手伝ったりしてみたのだった。ふらふらと漂いながら一歩ずつで進む先を決め(たり決めなかったりし)ている私にとって、未来の想像はとても困難なことである。だから、何歳までに結婚して、何歳までに子供を産んで…というビジョンを描けている友人に感心したし、就職や結婚という道に踏み出す友人たちをすごいなあ、なんて傍目で眺めていた。ああ、しかし、第二次結婚ラッシュが訪れている今28の歳になってすら、来年の自分の想像ができないから、また一日ずつ咀嚼して生きていくしかないのだけれど。

野放しのイライラとスマイル地獄

イライラした働き方をしているな、という自覚はあるけれどイライラした働き方をやめられない時というのがある。幽体離脱したみたいに自分の姿を眺めてみても、止められないことがある。なぜだろうなあと考えたら、自己愛なのかなあという今日の「とりあえずの」結論。客観的に判断できる損得云々以上に、自分のイライラを野放しにすることで自分を尊重しているような気持ちになるのだ。それが例えば他人由来のイライラであれば、その人はきっとこういう状況でこういう気持ちだったんだろうな、というところまで想像もできるのに。自分のことがいちばんだから、「私の今のこのイライラを無視したら誰が報ってくれるの!!!」と思うのだ。そして、大抵の場合、感情と行動を切り離して「私のイライラ」を無視した方がのちのちには気持ちの良い結末が待っているのです。それでも。それでも!明日も私はきっと8割の確率でイライラを野放しにしてああだこうだ怒りを募らせるのだろうなあ。なんともなんとも。

 

全く関係ないけれど唐突に思い出したのは高校の文化祭の出し物、でやったバトンダンス、の練習の風景。フリフリのミニスカートにツインテールで踊るバトンダンスとだぼっとした服を身に付け踊るヒップホップをいっこにまとめてやるっていうあのアイデアは完全に当時あのクラスの「中心人物」たるギャルたちの統一感もセンスもないアレだったんだぜ、って十年経った今文句いってる。チーム分けの日学校を休んだ私は知らぬ間にフリフリミニスカート軍団に入れられ、「笑顔で踊れてる人から練習終われる」という拷問的処置の中必死で頬を引き攣らせながらそれでも中々呼ばれない自分の名前と次々に抜けていくクラスメイトの女の子たちにさらに頬は引き攣った思い出。思い出、というより苦い記憶。いつだってギャルは中心にいて、また、いなければならない存在だったから彼女たちにもそういう立場なりの辛さなんてものがあったのかもしれないと思うけれど自分たちの好き放題できる環境はそれを上回る居心地の良さだったろうね。生まれ変わったとて私には属せないであろう集団。

おたのしみ保険

落ち込むミスや理不尽な言葉やキャパを超えた分量等々、いろんなことがあってああ今日は疲れたな、しんどい、しんどいなあ、と思う帰り道があって、帰り着いた部屋には優しくはにかむ美しい男性がおかえり、おつかれさま、きょうもよおがんばったね、とカレーライスを作って待っていてくれる、ことを想像してみるけれど帰り着いた畳敷きのアパートには招いた覚えのない小虫たちしかいない現在なので寄り道をしたドン・キにてスナック菓子を1、2、3、7つ買い込んで帰るのであった。もちろんこれらを一思いに食べてしまうわけではなく、2日か3日にいっぺんのおたのしみにするのだ。おたのしみ、を買い込むのは楽しい。おたのしみ、があると思うとしんどいなあ、という日も少しだったりたくさんだったりほんの少しだったりするけれど心が浮かぶ気がする。保険のような、そういうもの。だから、帰ってきてひとつスナック菓子をあけてぽりぽり、と食べている今さっきの心はやっぱり帰り道の始まりよりは随分と浮かんでいて、作れないなあと思っていた夕飯と明日の弁当も作れたりするのだ。(レトルトだけど。)