ただただしあわせ

赤いものを目いっぱいに吸い込んだ生理用品はさほど吸わないで捨てられるそれとどちらが幸せなんだろう、という思考自体有用である、とは言い難いけれど有用でないもののほうが多くを占めている世界であり生活であるからそれはまあいいとする。幸せも損得勘定のひとつに含まれるんだろうか。どちらかといえば逆であってほしい。幸せの中の、損得勘定というジャンル。私とあの子とどちらが幸せなんだろう。人と比べても意味はないさ、と歌う歌、誰も周りを見ないで生きれば社会なんてもの成り立たないだろう。視界に見えるのはいつでも自分でない他人で、鏡に映る自分さえ自分だ、とは断言できないし。「幸せ」という概念に嵌めこんでしまわなければどれだけだって幸せは感じられる、し、感じたからといってどうこうする必要はないし。ただただそれは快い感覚であればそれでよいのだ。そんな決めつけもないない、必要ない。