月夜のダンゴムシ

吐いてためる

大脱走

今日から無職になりました。

たっぷりあると思った有給休暇の日々は光のように過ぎ去りて、満足に準備もしないまま大海原にざぶんと飛び込んでしまったような心持ちです。心持ちというか現状まさにそんな感じ。この先どうやって生きていくのか、自分はどんな風に働いていけるのか、自問自答しながらその方向を定めるための二か月間、のつもりだったのだけれど、ぜんぜん、なにも、定まっていない。

 

私は迷いやすい人間だと思う。お店でメニューを見て、呼び鈴を押して店員さんが来てご注文お伺いします、の瞬間まで何を頼むか迷い続ける。100円均一での買い物でもどっちを買うのがいいだろう、いや果たしてこれは必要なのか、とうんうん迷ってなかなか進まない。あと道にもよく迷う。

些細なことでも迷って迷って立ち止まってまた戻って迷って、を繰り返す毎日だ。

 

それなのに、人生に関わる大きな決断を、自分でも驚くほどあっさり下してしまうことがある。それは大概、迷いのメーターが振り切れて、「この場から逃げ出したい!」という願望と「新しい環境に飛び込んでみたい!」という衝動ががっちりと噛み合った瞬間に訪れる。逃走願望と変化への衝動が手を繋いで、私の決断のレバーを下ろす。

 

4年前、それまでパートで勤めていた保育園を辞めたのは、このままだとここに取り込まれて身動きが取れなくなってしまうという恐怖と、まったく違う仕事をやってみたいという好奇心からだった。ここから逃げたい。新しい場所に行きたい。願望と衝動ががちーん!と合わさって、今しかない!と思ってから、周りの戸惑いを置いてけぼりに退職、上京に初めての一人暮らし、仕事探し、とぐんぐん歩みを進めた。結局は同じ職種を選んだのだけれど、はじまった新生活は環境も生活もそれまでとはまるで違うものだった。初めの半年は心細くて寂しくて辛くて毎晩ぐすぐす枕に涙をしみこませた。体重も10キロ近く落ちて、帰省のたびにげっそりしたんじゃない?と家族にも友達にも心配された。

それでもなんとか調子を掴んで、順風満帆ではなかったけれど、働き続けることができた。それから4年が経った今、再び仕事を辞めることにした。今度は保育士という職業自体からの逃走であり、新しい自分、という変化を手に入れるための決断だ。ああ、なんか書きながら夢見がちすぎてぞわぞわする。文字にすると、これでよかったのかなって不安になる。そのたびにこれでよかったよ、って自分に言い聞かせる。これでよかったのかわかるのはもっと先の話だろうけれど。

8年近く保育の仕事をして、それでもやっぱり向いてないと思った。できるところまではやったんじゃないかな、と思った。そううつ病と診断されて、今逃げ出さなかったら、この症状が酷くなっていくんだろうなというのだけ、それだけは確信があった。だから今、ちゃんと逃げよう、と決めた。

 

4年前だって後先考えずに飛び込んで苦しんだのに、また同じようなことを繰り返しちゃうのはなんなんだろうって思うけど、やっぱりそれは「新しい自分」にいつだって期待してるからなんだろう。新しい場所で、今よりももっと良い自分になれる。やっぱり夢見がちだ。だけどそんな夢を見られるから、絶望しないで今生きることを続けていられるんだと思う。

それに、環境を変えたら自分も変われる、というのはあながち嘘じゃない。変化の中では否応なく努力が必要とされるから。変化しなきゃ生きる軌道を手に入れられないから。

 

逃げた先に何があるのか、まだ片鱗さえ見えていないけれど、自分で迷って、自分で決めたからこれでいい。そういうことにしておく。犬かきして、流木にしがみついて、新しい島に辿り着く。ぜったいに。ぜったいにだ。