月夜のダンゴムシ

吐いてためる

はじめてのかかんき

先日初めて過換気症候群というのを発症したのでその記録。

その日は東京に来ていた父母と、二人がお世話になっているお医者さんご夫妻との食事会に同席する予定でした。

 

前日は一日、電車で片道三時間かけて講演会を聞きにいって、知らない人だらけかつアウェイみを(勝手に)感じる空間にしんどくなって脱走するみたいに帰ってきて、その時点で精神的にも体調的にもだいぶと下り坂。翌朝は昼前に母と待ち合わせの予定だったので、早起きして履歴書を書くも何度も何度も書き損じて出発時間に間に合わなくなりパニック発動、一度外に出て大丈夫大丈夫って言い聞かせてなんとか書き終えて、電車の揺れが気持ち悪い…ってなりながらも待ち合わせへ。予定より2時間も遅れてしまった申し訳なさで泣きそうだったけれど、母と、たまたま合流した妹の顔を見ると安心して、気持ちも落ち着く。お昼を食べて、観光をして回る。この日は最高気温が18度で、台風みたいな雨風に晒されて震える。夕方に近づくにつれ、夜の食事会に間に合わせなくちゃ、という緊張感がだんだん比重を増して、帰宅ラッシュの電車に1時間、寒さと電車の充満した湿気と慣れないヒールでぐんと体調が悪くなる。「もっとうまいこと乗り継ぎを見つけられたら」「もっと計画的に行動できてれば」「そもそも待ち合わせに遅れなければ…」みたいなことで頭がいっぱいになり、メンタルがごろごろ転げ落ちる。

 

というコンディションで父と、お医者さんご夫妻と合流。ご夫妻とは初対面で、私は店に向かう時点ですでに車酔いをしていて、だけど絶対に失礼をしちゃいけないし失敗をしちゃいけないし嫌な思いを誰にもさせちゃいけないし、という強い気持ちで挑む。

上品なお店で高級な料理をいただく。聞きかじったテーブルマナーを必死で思い出しながら奥様の所作を盗み見てナイフとフォークでお食事。あんまり口にしたことのないような食材ばかりで、ずっとびっくりしてる。とても美味しかった。お店の方々もとてもプロフェッショナルで所作もサービスも素晴らしかった。私はほとんど会話には参加しなかったけれど、表情でリアクションをいっぱいして、常に微笑みを絶やさないようにしていた。つもりだけどできてたかどうかはわからない。(通常営業で怒ってる?って言われることが多いから)

この日は父母の記念日でもあり、ご夫妻は様々に父母を祝ってくれた。娘としてもとても嬉しくて、夢みたいです、とうっすら涙を浮かべている母を見てなんてありがたいことだろう、と感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

たっぷり食べて、感激の気持ちで車に乗り込む。車酔いと具合の悪さが相まって食事終盤から気持ち悪くなっていたけれど、最後まで完璧に良い娘でありたい、最悪駅のトイレに駆け込めば大丈夫、と自分を励ましながら車に揺られた。でも、30分の道のり、すぐに気持ち悪さが強くなってくる。背もたれから体を起こせなくなって、呼吸が浅くなってくる。視点が定まらなくなる…というか、あれ、どこを見れば気持ち悪いのが和らぐんだ、って思いながらぐるぐる視点がぶれる。あとちょっと、あとちょっと、って思ってたけど車内の会話に相打ちすることもできなくなって目を閉じる。吐き気と共に、手と足が痺れ始める。初めは指先だったのが、すごい勢いでと手の平、腕までしびれてくる。そのうち下腹部から胃のあたりまでも痺れる。痺れながらぐううううって圧をかけられている感じ。シートにはりつけされてるみたいになって動けない。眩暈がして、その時に隣にいた母が私の異変に気付く。どうしたの、と聞かれて「しびれて、はきそう」くらいの単語を絞り出すので精一杯。そうして言葉にした瞬間に吐き気がぶわっと上ってきて、車が停まると同時に転がり出てすぐに嘔吐。ノンストップで3、4回吐く。そうしたら気持ち悪さはすうっと引いたけど、母が差し出してくれたティッシュが持てない。指が広げられない。おわん型になっている手を、自分の意思で動かせない。吐き終わって父に背中をさすられながら呼吸するうちに、痺れも引いていって、指が動かせるになる。金縛りが解けたような感覚だった。

心配して降りてきてくれたご夫妻に水やティッシュを貰う。吐いた後の処理を父母がしてくれる。ご夫妻に何度も頭をさげて別れる。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。それから、両親に支えられながら駅に向かい、トイレで口をゆすいで少し回復した。一人でも歩けるようになり、電車の時間を調べたり、両親への気遣いもできるくらい落ち着きを取り戻す。吐き気はまだ残っていた。少し休んでから、両親と電車に乗り込む。途中でテーマパークからの帰りであろう人たちがたくさん乗り込んでくる。みんなキラキラの粉が残ってるみたいに見える。私達親子三人は、その向かい側にしんみりと並んで座っている。私は、私のせいで父母の記念日も、ご夫妻のご厚意も、素敵な夜も全部台無しにしてしまったことが、苦しくて、悲しくて、ティッシュに顔を押し付けて涙を吸い取らせていた。私が泣いたら父母ももっと悲しくなるから、どうにかごまかしたかった。私さえいかなかったら、絶対、絶対最高に素敵な夜になって、父と母は夢心地で、ご夫妻も満足をして、最高の思い出だけが残ったはずだった。知らない人と過ごすとしんどくなるの、わかってたんだから、もっとちゃんと断るべきだった。そもそももっと良いコンディションを作っておくべきだった。自分を責める言葉しか浮かんでこない。それでも不思議と表向きは取り乱さずにいられた。もっと気持ちがどん底に落ちると思っていたけれど、父母が側にいるからなのか、防衛本能的なものが働いたのか、薄いフィルターの向こうでひたすらに自分を責めている自分が居る、みたいな感覚だった。父母が背中をさすってくれて、冷たくないか確かめるように手を握ってくれて、とても安心した。

父と母をホテルの最寄りで見送ってから、ひとりで電車に乗った。平日の夜でもそこそこに乗客がいて、時々ティッシュに顔を埋めながら帰った。母が私に無理をさせたって思って自分を責めていないかが心配だった。人が多くて座れない電車は見送りながら、2時間かけて家に着いた。全部吐いちゃったからお腹はぺこぺこだったけど、まだ吐き気があって、また吐いちゃわないうちに横になった。

 

そんな感じの顛末でした。翌日も一日中気持ち悪さが残っていたけれど、吐くまではいかずに済みました。

車酔いは小さい頃からしょっちゅうだったけど、吐くまで行くのはここ何年も経験していなかったし、手足と胸があんなふうに痺れたのは初めてだったので、自分の体が自分で動かせなくなっていくのがとても怖かった。お医者さんと父が「カカンキかも」と言っていて、帰って調べたらその通りの症状だった。精神的に不安を抱えている人、精神疾患のある人は陥りやすいという風に書いてあった。

原因はなんだったかな、というのを考えてみると、元々の体調の悪さと車酔い体質っていうのもあるけれど、長時間の連続した緊張状態と、落ち込みの坂を下っている最中に張り切って頑張ろう!ってしちゃったこと、プラス、走行中の車っていう逃げられない閉鎖空間、だったのかなあと思います。

こんな感じになるんだなあっていう驚き、というか、私結構弱ってたんだなあ、というのが悲しかった。それよりもっとずっと、両親への申し訳なさの方が大きいけれど。

とりあえず、嘔吐物を固められるエチケット袋的なものを買ったのでちょっと安心です。またお守りが増えた。気分の波だけじゃなくて、緊張を避けるとか、コントロールと回避の能力を身に着けていかなくちゃいけないなあ、と思ったのでした。おしまい。