月夜のダンゴムシ

吐いてためる

暴 風 雨

暴れる風と雨、という表現はまさにこのことだな、とどこか他人事のように思いながらしっかりと浸水したスニーカーをじゅぶじゅぶ鳴らし歩いた一日でした。強烈な雨と風が原因で被害を被った方やお店のニュースを見ながら自然災害、というものの範囲が広がってきているのを感じます。人類の技術は進歩していますねっていう共通認識と反比例するように、自然の力の強大さを思い知る機会が年々増える。大人、という責任を背負うようになったからなおさら無力感を味わうのかもしれない。

そんな具合で、全身、とまではいかなくても体の三分の二ほどをじめっとさせながら過ごした昨日でしたが、じゅぶじゅぶと歩く感覚は学生時代によく味わっていたなあと懐かしい気持ちにもなったのでした。自転車なら30分の道のりを雨や雪で塞がれた日、朝はバスを利用しても帰りは大概歩くことを選んで、スニーカーがじゅぶじゅぶになることも割と日常茶飯事だった。冬なんかは靴の中に溜った水が逆に温かかったなあ、なんてことを思い出すけれど、「あとは帰るだけだから」という言葉ひとつで不快感を透明にする力を持っていたなああの頃は、なんて風にも思う。あとは帰るだけ、であれば全身びしょぬれになってもまあそれほど大したことじゃない、みたいなメンタリティは性格のどういう領域から派生したものだったんだろうな。

そして驚いたのは、暴風雨の中でも傘を差さずに歩いている人が一定数いるということだった。中にはギターケース(しかもソフト)を担いでいる人もいて、も、猛者よ…!と心の中で目をキラキラっとさせながら前を行くその背中を見ていた。ああいう姿を見てSAMURAI的なかっこよさを感じるというのは、そこにその人の諦観と意思、みたいなものが滲んで見えるからだろうか。とか、そんなことを考えながら、後ろの私は傘がひっくり返らないように必死になっていた。

小学校の頃、台風が来て、姉と喜び勇んでカッパを来て外に飛び出し、T.M.Revolutionごっこをしたり、この風雨の中自転車をこいで進めるのか、という実験をしたりしたなあ、とか。友達と一緒に全身びしょぬれになっちゃったのが妙に爽快で愉快で大笑いしながら帰ったりしたなあ、とか。いろんな記憶が掘り起こされる雨の一日でした。
帰宅後靴下を脱いだら生まれたてのいきもの然とした足の裏になっていた。しわしわ。ごめんね足の裏。