月夜のダンゴムシ

吐いてためる

病気なのどうなの

心療内科に通ってはいるものの、今のところ薬物治療もカウンセリングもしてないし、

波が酷くなるのは月に数日だし、

辞める前は自分的に支障はありつつも仕事ができていたのだし、

私はやっぱり「病気」というほどではないんじゃないの?

っていうのはずっともやもやと思っていることだった。

そういう気持ちが強かったからなかなか病院に行こうと思わなかったのもある。

 

今日、細川貂々さんの『やっぱり、それでいい』という本をぱらぱらと読んでいて、

「症状があらわれることで仕事や社会生活を続けることに支障が出てきたら病気」みたいな一文に出会った。(要約!)

すとんと腑に落ちた。私にとってはとても掴みやすい言葉だった。

今の私はたぶん、「そういう傾向が強い」と「病気」の間くらいにいるんじゃないかと思う。

 

仕事をやめて、避けられない人との関わりから解放されたら症状が軽くなるんじゃないかと思ったけれど、全然だった。わくわくした気持ちが止まらなくなっていろんな予定を詰め込んだ翌日、苦しい~って呻きながら床をごろごろしている。辞める前は、月のうちの三週間くらいは「ちゃんと働けてる」っていう事実があったのに、その「ちゃんと働けてる」の部分が抜け落ちたら自分を認めてあげられる機会が減ってしまって、細かい落ち込みに振り回されることが増えた。剥奪された感。いやいや、自分で脱ぎ捨てて逃げて来たんだけれども。

だから、中間みたいな感覚。私働けるかな?って不安もあるけど、働き出したらなんとかなるんじゃない?みたいな能天気な部分もある。

病院で「あなたは双極性障害です!ばばーん!」って全面確定宣告されたわけでもないし「これが診断書ですどうぞ!」って出されたわけじゃないし、あくまで先生が「そんな感じだと思いますよ~」なニュアンス診断なのもそういうことなんだろう。

そもそも「双極性障害」だしね?書けば書くほどわからないけど、とにかく今は、そういう病気、の傾向と断定の間にいるんだと思う。

 

もともと、小さい頃から、言葉の力というか、言葉に対する畏怖みたいなものをもっていた。特に親や周りの大人から言葉の扱いを厳しく教えられた、とかでもなくて、気づいたらそんな風にできあがっていた。

中学の頃は、「鬱だわ~」って日常会話で言う友人に怒りを覚えていた。そんな簡単に言うな!言葉の重みを考えろ!って心の中で密かに憤慨してた。

「しね」って言ったら自分に跳ね返ってきて何か酷いことが起こるように感じていた。

だから自分の頭の中でそういう言葉が浮かんで来たり、口から滑り出しそうになったら慌ててもみ消そうとしたし、独り言だとしても滑り出てしまった折には激しく後悔して泣きそうになりながらごめんなさいごめんなさいって見えない誰かに謝ってた。

だから、簡単に「病気」って言っちゃいけないんだと思ってた。

「私病気かも」なんて、口にしたらだめだと思ってた。

それは、実際にその病気で”私なんかよりもっともっとずっと苦しんでいる人がいるはず”で、”その人たちに申し訳ない”からだし、”そんな風に大袈裟にすると周りを心配させるから”でもあった。私の中での、「重い言葉」のフォルダにしまってある言葉たちだった。

 

自分の状態にラベルをつけたくなるのは、その正体がわからなくてもやもやしてるのが怖いから。だけど、同じラベルがついていても程度も症状も千差万別で、思ったより安心感がない。同じラベルの人たちの経験をもとに対処法を学ぶことができるのは良い点。だけど、生き方は自分で決めていかなくちゃいけない。名前がついても答えは用意されてなかった。

もう一つ、周りの人への説明の時に、「病気です」とか「双極性障害です」っていうラベルを持ち出さないと、自分の力でどうにもならない状態に陥ってしまう、ということを認識してもらえないというのもあるのだけれど、この伝えづらさっていう点についてはまた今度書きます。

 

だから、まあ、大袈裟に書いてきたのだけれど、

性格のはみだし、くらいに捉えていた方がもしかしたら楽なのかもしれない。

元々の性格とか考え方感じ方の傾向があって、大概は自分の中でおさまっているけれど、そこからちょっとはみだしちゃって自分でうまくコントロールできない部分。

サーキットの中にめちゃくちゃきつい急カーブがあって、そこを通る時にはどうやったって遠心力で体が外側に押し出されちゃう、みたいなこと。だから、その逆らうことが難しい遠心力による影響を少しでも小さくするために、カーブが近づいてきたら出来る限りスピードを緩めるとか、今自分がサーキットの中のどのあたりを走っていてもうすぐカーブがくるなというのを把握するとか、そうやって対処法を編み出していくのが、必要なことなのかもしれない。自分はドライバーであり、ピットにいるブレーンでありメカニックでもあるのです…(鈴鹿に想いを馳せる)

合ってるかわからないけどしばらくそんな風に考えてやってみる。毎日が試してはガッテンする繰り返しですね。